朝考夜書

朝は考え、夜は書く。

2019-11-01から1ヶ月間の記事一覧

十字路(あとがき)

この話は記録によると、2012年の1月から7月にわたって書かれた。当時私はTwitter上で文芸サークルを主催していて、この小説もそこに投稿されたもののひとつだった。サイトは月に2回更新され、何日かしてから読書会が開かれ、そこでお互いの感想を言い合った…

十字路(18)

これは国道n号線についての散文である。意を決して彼女をメールで誘ってみると、特にためらう様子もなくOKの返事がきた。すでに9月も半ばになっている。あの一件以来、電話をしても大した盛り上がりもなく終わってしまう。それなりに楽しく話したつもりでも…

十字路(17)

駐車場係の誘導に従って車を停め、そこから斎場まで5分くらい歩いたが、着く頃にはかなりの汗をかいていた。入り口の脇に喫煙コーナーがあり、そこで兼山を見つけた。上着とセカンドバックを左に抱え、黒いネクタイを窮屈そうにしながら、一生懸命煙草を吸っ…

十字路(16)

「行ったんだ? デート」 髪留めを渡すとミキちゃんははしゃぎ声を上げた。教室内だったので、私は静かにするよう注意したが、ミキちゃんは全く意に返さない。「どこに行ったの?」から始まり、食事や買い物や天気に至るまでこと細かく聞かれた。観覧車では…

十字路(15)

昼の首都高は混んでいるだろうということで、車を駅前に停め、電車で現地へ行った。なんとか天気ももって割と無難なデートとなった。お望みどおりすぐに観覧車に乗り、ジョイポリスで少し遊んで、お昼はショッピングモールの角にあるイタリアンで済ませた。…

十字路(14)

笠奈が兼山と別れるのは、かかってもせいぜい1~2週間くらいのものと思っていた。笠奈の気持ちは確認できているし、本人にプレッシャーをかけても仕方がないので、こちらからの連絡は控えるようにした。しかし電話は一向に鳴る気配がなく、ついに1ヶ月が過ぎ…

十字路(13)

「もう出ようか」 そう切り出したのは笠奈の方で、その時はお互い無言のまま10分は過ぎていた。途中で笠奈がトイレに立ったところでビールに口をつけたが、すっかりぬるくなっていた。店内にはジャズが小さな音で流れている。そこは以前笠奈に催眠術をかけら…

十字路(12)

2月の中旬から笠奈のアメリカへのホームステイが決まり、その間、ミキちゃんの授業を見ることになった。笠奈が受けもっていた受験生は2月の最初に第一志望に合格した。もしその子が受験に失敗し、二次募集の学校を探さなくてはならない状況になったとしたら…

十字路(11)

年が明けて塾内の受験ムードが高まり、兼山の態度もぴりぴりしてくる。ここで結果を出せるかどうか、彼にとって正念場なのだろう。わかりやすすぎる。二階堂が成績表を机に広げた兼山に怒鳴られる場面があったが、それすらも我々に対するデモンストレーショ…

十字路(10)

帰り道は2人とも自転車だった。秋が深まって風が冷たくなり、ジャケット1枚では肌寒い。昼間との寒暖差が大きく厄介な季節だ。「酔いも覚める」と2人で文句を言いながら向かい風に自転車を走らせた。暗闇の中で落ち葉が舞っている。n号線に出る交差点で信号…

十字路(9)

それから、笠奈と2人で飲みに行くのが頻繁になった。月に1、2回程度。初めのうちは、飲んだ後、もしかしたらホテルに流れることもあり得るかと、コンドームを財布に忍ばせたりしたが杞憂に終わった。木嶋や兼山にまつわるくだらない話や、ミキちゃんに関する…

十字路(8)

二学期になって、最初の授業の終わりに兼山に声をかけられ、ミキちゃんのことを受け持つことになった。数学と理科。 「お前どちらかと言えば、理系だよな?」 と、一応は疑問系の体裁で聞くが、こちらの意見を聞くつもりがないのは明らかだ。新たにもう1日バ…

十字路(7)

最初に根を上げたのは、二階堂だった。笠奈が「なんか二階堂ちゃん、気持ち悪いみたい」と後ろから報告してきた。葉村は「了解」と短く答えたが、何をする風でもなかった。すでに環状線に入ったところで、こんな所でどうすればいいんだ、と思ったが、しばら…

十字路(6)

葉村の車は、私の車のすぐそばにあった。駅前でなおかつ夜中でもタダで停められる駐車場なんて、限られている。シルバーのプリメーラ。聞いてもいないのに「親の車なんすよ」と言ってきた。本人の車だとしたら、私が憤慨するとでも思ったのだろうか。それよ…

十字路(5)

駅前のスーパーの駐車場に車を停め、そこから5分歩いた先にある白木屋で打ち合げは行われた。参加したのは大学生ばかりで、兼山や中年の講師たちの姿は見えない。全部で10人くらいいたが、一続きのテーブルは確保できなかったようで、席は二つに別れた。私は…

十字路(4)

夏期講習はお盆までには全日程が終わり、お盆明けの金曜日に講師たちで打ち上げをやることになった。どうやらそれは恒例の行事らしく、講師用掲示板の真ん中には、手書きのチラシが貼られていた。「夏期講習打ち上げ!」と書かれた丸っこい文字を見ながら私…

十字路(3)

連絡があったのは面接から三ヶ月ほど経ってからだった。着信の表示を見て、話の内容が予想できたが、実際出てみると「来週から来い」と唐突な上に、態度も横柄だった。声から判断するに、例の眼鏡の小太りのようだ。生徒は中学三年の男子、つまり受験生だっ…