朝考夜書

朝は考え、夜は書く。

十字路(あとがき)

この話は記録によると、2012年の1月から7月にわたって書かれた。当時私はTwitter上で文芸サークルを主催していて、この小説もそこに投稿されたもののひとつだった。サイトは月に2回更新され、何日かしてから読書会が開かれ、そこでお互いの感想を言い合った。

サイトは2013年から年に1度の更新になって、2014年が最後になっている。2010年から始めたから、4年続いたことになるが、最後はどんな風に終わったのかまったくおぼえていない。Twitter自体もやらなくなったから、メンバーがどうなったのかもわからない。

私はその後も2年くらい書き続けたが、どこかで行き詰まってやめてしまった。段々と仕事の責任が増え、手が回らなくなってしまったのもある。小説にあるとおり私は元々は仕事を「一生懸命」やる人間を軽蔑していたので、自分に苦笑しているところが今でもある。


少し前に気まぐれでこの小説を読み返したら面白かった。話もほとんど忘れていたから、展開にハラハラした。そのことを仕事場の人に話すと「読ませて」と言うから読んでもらうことにした。もうひとり別の人にも頼んだ。

そうなると小説自体もバージョンアップさせたくなって、かなり手を入れた。とにかくだらだらと冗長だったので3分の1くらいカットした。あと、主人公があまりに頼りないので、何度か助け船を出した。

私は手直しの作業に、信じられないくらい没頭していた。通勤中の電車でどの辺りを走っているのかわからなくなったり、外に出たときに季節が冬に向かっているのか春に向かっているのか判断できなくなった。この一年は仕事がかなりハードだったので、仕事以外のことに夢中になるのは久しぶりで、健全なことに思えた。

おそらく当時もこんな気分で書いていたのだろう。読んでくれる人のことを考え、反応を予想しながら書くのは楽しい。早く書き上げて読んでもらいたかったが、同時にこの作業が終わってしまうのが淋しくて仕方がなかった。

十字路(18)

これは国道n号線についての散文である。

意を決して彼女をメールで誘ってみると、特にためらう様子もなくOKの返事がきた。すでに9月も半ばになっている。あの一件以来、電話をしても大した盛り上がりもなく終わってしまう。それなりに楽しく話したつもりでも、電話を切ると疲労感だけが残り、無意識のうちに彼女を気遣っていることを実感させられる。海へ旅行する計画も、いつのまにかなくなった。なんのアクセントもなく8月が過ぎ、暑かったのかそうでもなかったのかもよくわからなくなっていた。

最終週の月曜日に、塾からの給料が振り込まれ、ようやくひと息つけたような気持ちになれた。こちらから特に連絡もしなかったが、二度と関わることはないだろう。塾の人間には、通夜の日以来会っていない。

選んだ店は、私が彼女に気持ちを伝えた居酒屋だった。ちゃんと付き合うようになってからは、一度も来ていない。それでも店はちゃんと潰れずに残っていたし、内装も店員も何も変わっていなかった。なぜかそれが奇妙なことに思えて、無理して変化を探してみた。メニューが一部と、トイレの貼り紙が変わっていた。

彼女と会うのは、ほぼ2ヶ月振りだったが、久し振りと挨拶するのが嫌で、つい3日前に会ったばかりのように振舞った。彼女も私のそんな気持ちを察したのか、第一声で「お腹すいた」と言って、あとは他愛のないことを話した。彼女は夏休みも大学へ通っていた。

知らないうちに、彼女は髪を黒くしていた。この前までは、ほとんど金に近い茶色だったので、会った瞬間は別人のように見えた。長さも随分短くなった。その上紺のブラウスなんか着ているから、いよいよ大人しくて清楚な女に見えてしまう。私は思わず「似合わねーよ」とからかいたくなったが、それを言ったら、やはり久しぶりの再会というシチュエーションとなると思い、口をつぐんだ。

健全な恋人同士なら、ここまで変わった髪型に触れないのは死活問題になるだろう。私は彼女の新しい髪型に対する正直な気持ちを伝え、彼女を喜ばせたかった。そして、信号待ちの時なんかに、さらさらした毛先に触れてみたかった。

でも、やはり言えない。黒く染めるに至った理由とか背景とか、話題がそこに行くに決まっているからだ。もちろん彼女は大きな決意を持って、髪型を変えたとは限らない。だが、私は彼女の黒い髪を見た瞬間、やはり喪に服すという言葉を連想した。そしてそれは、おそらく彼女にも伝わっている。

酒を飲んでいる間はずっと、先週起きた同時多発テロの話をした。アメリカでテロが起きた時、私はベッドで本を読んでいて、ニュースが大騒ぎしていることに全く気づかなかった。彼女の方は風呂上がりで、髪を拭きながら22時のニュースを眺めていたところに速報が入った。その後2機目がビルに突っ込む瞬間を生で見た。ちょうど1機目が衝突した状況を、キャスターが興奮気味に説明している時だった。背後のモニターには、灰色の煙を吐き出すタワーの姿を映し出されていたが、音声はなかった。事故なのか事件なのかもはっきりしない中、別の旅客機が画面の右側から現れ、滑り込むようにビルの横腹をえぐった。飛行機は手品のように影も形もなくなり、一瞬ただそれだけのことかと思ったが、やがてタワーは、2本とも崩壊した。

彼女はすぐに私に電話をかけてテレビをつけさせ「映画みたいだ」と言った。私がテレビをつけると、瓦礫と大量の埃が映し出されているだけだった。彼女の語彙が少ないのか、気が動転しているのか"映画みたい"という言葉は何度も繰り返された。確かにその後、連日流れた2機目突入のシーンは、あまりに鮮明に映り過ぎていて、合成映像のように見えた。

大統領は演説の中で、犯人グループに対する報復を宣言した。日本のテレビ局は、軍事評論家を連れて来て、アメリカの所持する空母とか機関銃とか、そういうことを事細かに説明させた。戦争が始まるらしかった。

私は、やはり自分たちの近況その他の話に及ぶのが嫌だったので、この世界的大事件の話ができるだけ続くように、イスラム教徒が迫害を受けている事を嘆いたり、彼女のホームステイの期間中じゃなくて良かったと喜んだりと、積極的に話題を提供した。聞き手に回った彼女は、ファジーネーブルを立て続けに3杯飲んだ。頬に赤みがさし、アイスを食べたいと言い出した頃には、私の手元のビールが、すっかりぬるくなっていた。
メニュー表を新聞ように掲げ、なかなかデザートを決められない彼女の様子を見ながら、私は2ヶ月前に激しく取り乱した彼女のことを思い出していた。

店を出ると人通りはあまりなく、少し歩くと前にいるのは、しわくちゃのワイシャツの中年サラリーマンだけになった。車を停めたのは不動産屋の先の信用金庫の駐車場で、駅から離れているそこは、夜でも施錠されることはなかった。私は不動産屋に貼られた物件情報を順番にけちをつけ、お買い得土地情報の1番端まで終わると、彼女にキスをした。何の前触れもなかったので、うまく唇が重ならなかったが、ひたすら体を押し付けて彼女が逃げられないようにした。化粧の匂いがする。すぐに顔を逸らされると思っていたら、彼女は力を抜いて、気の済むまでそのままにさせた。予想よりも長い時間、唇をつけていた。

「少し遠回りしない?」
駐車場を出て、少し車を走らせたところで彼女に提案された。その言葉に含まれるだろう彼女の意図その他については、とりあえず考えないことにして、少しでも彼女といられる事実を、とりあえず無邪気に喜んだ。

遠回り以上の指示はないので国道n号線へ出て、南へ車を走らせる。かつて彼女とお台場へ行った時に走った道だ。あの時は火星にでも来た気分だったが、今となると、どう見ても寂れた日本の風景にしか見えなかった。一瞬、その火星エピソードを彼女に披露しようと思ったが、笑える話でもなかったのでやめた。このままぐんぐん進み、彼女の了解を得ることなく、夜の海まで行くことも考えたが、後悔することは目に見えていた。私は速度検知器のゲートをくぐった次の信号で左へ折れ、役所方面へ走らせた。片道一車線の道路へ入ると、一気に暗くなる。確か道の左側に運動公園があるはずだったが、入り口しか見えない。ずっと先に見えるコンビニの明かりが、灯台のように見える。

彼女は私のコース選択について、特に何も言わなかった。というか、車に乗ってからほとんど喋っていない。ハンドルを握ってから、私は彼女をホテルへ連れ込むべきかについてと、検問にぶつからないためにはどのルートを取ればいいのかに頭を取られ、あまり彼女の状態について注意を払っていなかった。世間話くらいはしたかもしれないが、あまり覚えていない。ひょっとしたら、眠くて帰りたくなってるかもしれない。あるいは車酔いの可能性もある。私は定期的に彼女の状態を確かめたが、いずれも首を横に振られただけだった。最低限の言葉と動きで済ませてしまおうという狙いが感じられる。というか狙いとは何だろう。完全に酔いが覚めました、というアピールか。単に酔っ払って、無口になってるのかもしれない。

私は試しに助手席側の窓を数センチ開けてみたが、入ってくる風に対して、良いとも悪いとも言わなかった。私は冷房を切り、運転手側の窓も開けた。虫の鳴き声とタイヤの音が、生ぬるい風と共にはいりこんでくる。

特に脈略もなく走っていたが、いつのまにかn号線に通じる道へ出てきてしまう。時計を確認すると、1時間以上走っている。そろそろ潮時だ。いくらか眠くなってきた。n号線の信号まで来ると、私は自宅の方角へハンドルを切った。再び片側2車線へ来ると、他に走っている車はいなかった。道路は緩やかに右へカーブし、田んぼばかりで遠くまで見渡せるが、ほとんど闇に塗りつぶされてしまっている。

「もう少し。帰らないで」
ようやく24時間営業のファミレスの明かりが見え、風景が街らしくなってきたところで、彼女は訴えてきた。私は行きたいところでもあるのかと尋ねるが「別に」という返事しかない。声に表情はない。彼女の顔を盗み見るが、道路灯の光くらいでは、表情は読み取れない。彼女は自分の腕を抱えるようにして座り、あごを引いて、じっと前を見ている。たまに下唇を人差し指でなぞる。紺のブラウスはゆったり目のシルエットで、シートベルトに押さえつけられて、複雑なシワを作っている。

私は彼女の気が済むまで、ひたすらn号線を行ったり来たりしようと決心した。いちいち右折したり左折したりするのも面倒なので、交差点でUターンをした。他に車もいないので、右折車線とか、そんなものにはこだわる必要はなかった。悪ふざけで、二車線の真ん中を走ったり、ついでに信号も無視ししてみた。
 
「止めて」
いい加減彼女も根を上げないので、川向こうまで範囲を伸ばそうと考えたところで、突然声を上げた。何の前触れもなく発せられた彼女の声は、聞き間違いを許さないような雰囲気だった。少し先の交差点を、左に折れて停車し、サイドブレーキをかける。彼女はすぐにシートベルトを外したが、だらりとした体勢で、しばらくそのまま動かなかった。体調でも悪くなったのかと聞いても、返事はない。気まずくなった私はエンジンを止め、座席を少し倒した。周囲が虫の音だけになると、ここまでの運転の疲労感が出てくる。

やがて彼女は意を決したように「ちょっと待ってて」とだけ言って外へ出た。さっきとは違うか細い声で「待ってて」の部分はほとんど聞きとれなかった。車に酔ったんだと思い、ダッシュボードからビニール袋を取り出し、車外に出る。彼女はドアに手をかけたまま、交差点の真ん中を見つめていた。私は彼女の目線の先と、表情を交互に見る。

他と比べれば小さな十字路だった。n号線と交差している道路は細く、数メートル先は見えない。通ったことのない道で、どこへ通じるのかはわからない。歩道は白いラインで区分けされてるだけで、しかも雑草がはみ出しているから、歩行者がまともに歩けないのは明らかだ。アスファルト全体がひび割れ、へこみ、もう何年も補修されてないようだった。私は子供の頃に見たn号線のことを思い出した。

不意にドアを閉める音がして、見ると彼女は道路へ向かって歩いている。声をかけようとしたが、迷いのない足取りを見て、タイミングを失ってしまった。交差点の中央には、それを示す十字の表示が描かれていて、彼女はその上で立ち止まった。暗闇の中、そこだけは明るく、スポットライトでも浴びているかのようだった。光の加減でこちらに向けた彼女の背中は黒く、シルエットからはみ出た髪の毛は、金色に輝いている。彼女は見えない客席に向かって、何かの演技をしているように見える。

劇場の裏方のような気分で彼女を見守っていると、今度はひざまずいて四つん這いの格好になった。スカートがこちらに向けて突き出され、ふくらはぎの地肌が露わになる。と思った瞬間、彼女の体中の力が抜け、その場に倒れこんだ。うつ伏せの状態で、顔を右に向けている。黒くて長い髪が、彼女の顔を半分くらい覆った。ちょうど十字の表示に沿うように、彼女は横たわって両手を広げた。地面には小石が散らばり、その中には車のヘッドライトのかけらも混ざっているのか、彼女の周りでは細かい光が放ってる。無意識のうちに、私は自分の左頬をさすった。

彼女が突然狂ってしまったということは十分考えられる。が、今、彼女が十字路の真ん中で横たわる行為は、何かしらの儀式なのだと私は解釈した。そう思うと、安堵と共に、どこか侮蔑的な気持ちを覚える。どちらにせよ、私の目の届く範囲にいる限り、急いで何か行動を起こす必要はない。気をつけるのは、他の車が来た場合だが、この見通しの良い道路なら、手遅れになることはないだろう。

考えが一段落すると、無性に煙草が吸いたくなってきた。生まれてからまともに吸ったこともないくせに、こんなことを思うのは奇妙だった。

車の中を覗くと、助手席に彼女のバッグがあった。運転席側から手を伸ばして持っきて、ためらうことなく止め具を外す。革製の表面は熱くも冷たくもなかったが、中に手を突っ込むと冷んやりとした。

暗くてよく見えないから、手探りで目的のものをつかみとろうとする。居酒屋で彼女は、煙草を吸っていただろうか。間違いなく吸っていた。銘柄はわからないが、細長い箱に入っていた。ライターと共にポーチに入れていた気がする。どちらにしてもそう手間はかからずに見つかるはずだ。

財布や化粧ポーチやキーホルダーの感触に紛れて、硬いものが指先に当たった。間違いない。強引に引っ張り出すと、長細い箱が手の中にあった。だが、何か様子がおかしい。見慣れないデザインだし、煙草の箱よりも一回り大きい。目の前に持ってきて確認してみると、それは妊娠検査薬だった。妊娠検査薬は上半分のビニールが剥がされ、上蓋は外側にめくれていた。開けてみると、中にはスティック状の袋が何本か入っている。元々何本あったのかはわからない。私はそれをバッグの底の方へ押し込み、止め具を戻した。が、再び開けて箱を取り出し、裏側の用法等の書かれた細かい字を目で追った。さっき無理に押し込んだせいなのか、箱の側面が少しつぶれている。ひと通りのやり方を把握すると元に戻し、バッグを助手席のドアに向かって力任せに投げつけた。

その間も彼女は横たわったままだった。

‥‥

光が迫ってきた時、それが何を意味しているのかについて、なかなか気づかなかった。すべての風景が黄色がかり、まるで強い風でも吹いたみたいに、周りの草木が後ろへのけぞっているように見えた。私は映画の主人公になったような気持ちになっていた。

彼女を見る。相変わらず横たわったままで、久しぶりに色彩を帯びた彼女の服や髪が、無性に懐かしく見えた。だが、ようやく状況を飲み込んだ私は、精一杯の力で地面を蹴り、彼女の元へ近づく。

圧倒的な光に照らされた彼女の顔には、一切の影がなかった。



<了>

十字路(17)

駐車場係の誘導に従って車を停め、そこから斎場まで5分くらい歩いたが、着く頃にはかなりの汗をかいていた。入り口の脇に喫煙コーナーがあり、そこで兼山を見つけた。上着とセカンドバックを左に抱え、黒いネクタイを窮屈そうにしながら、一生懸命煙草を吸っている。遠目でも汗だくになっているのがわかる。
「中で待ってます」
と声をかけようと、一歩踏み出したところで、隣で笠奈が「私も吸いたい」と兼山の方へ行ってしまった。私はその場で待つ以外にできなくなり、仕方なく上着を脱いだ。なんとなく脱ぎたくなかったが、汗の量が尋常ではなかったので諦めた。

建物に入るとかなりの人数がいて、そのせいか冷房が思ったよりも効いていなかった。私たちは終始隅の方で固まり、周りの様子を眺めていた。やはり制服姿の同級生が目立つ。泣き崩れている女の子のそばには、親が寄り添っている。大して親しくもない男子がふざけ合っている。天井にくくりつけられたスピーカーからお経が流れ始めると、係員の誘導で参列者は2列に並んだ。焼香するために、長い廊下を少しずつ進んでいく。列の進み方は左右で異なり、笠奈と兼山はずんずん進んでいってしまった。廊下の片側はガラス張りの窓となっていて、庭木がいくつか植えられている。さらにその向こうにの向こうにロータリーがあって、カーブに沿って幾つもの花環が並んでいた。私はふと、祖父が死んだ時のことを思い出した。死んだ年齢が違うせいか、祖父の時はこんなに大勢の人などいなくて、全体的にもっとこじんまりしていた。やはり真夏に息を引き取り、死体が腐るからと、大急ぎで葬儀の日程が決められた。私がまだ小学生の頃の話だ。ミキちゃんはもう3日経っている。もちろんあの頃とは違うからきちんとドライアイスなんかで徹底的に冷やされ、傷みは最小限に抑えられているのだろう。それでも誰にも気付かれない細かい部分で、ミキちゃんの体は朽ち、少しずつ形を失っているのだろう。

列がどんどん枝分かれして、8列になったところでようやく焼香の番がきた。対面式にずらりとミキちゃんの両親や祖父母が並んでいる。兄とおぼしき人物は確認できたが、妹の姿は見えなかった。私はその向こうの、親戚たちの固まりの中に妹の姿を探したが、見つけることはできなかった。自閉症はお別れにも参加させてもらえないのか。後ろが押し迫ってる中、焼香する一瞬のタイミングで奥の人物を見分けるのは、ほとんど不可能だったが。


出口で笠奈と兼山に合流して外に出ると、2人は真っ先に灰皿の元へ行き、煙草に火をつけた。私にはそれがとても不謹慎に思えた。とは言っても怒って先に帰るわけにもいかず、仕方なく立ち尽くして蝉の鳴き声をに耳を澄ました。私は、下手をしたら暑さに頭をやられたおかしい人のようだった。とにかくすぐにでも帰りたい。兼山から離れたい。ミキちゃんがいないのなら、私の生徒は0で、もう塾とは何の関わりもなくなる。もう2度と塾講師なんてやりたくない。笠奈は兼山と何かを喋っているが、声はここまで届かない。喫煙コーナーは植木で囲まれていて、葉が風にそよぐ様子を見ていると、こちらよりも涼しそうな錯覚を覚える。兼山が煙草を挟んだ右手をどこかに指し示し、何かを説明している。笠奈は背中をこちらに向け、表情が見えない。煙草なら私の車で吸えばいいのに。笠奈は遠慮して車の中で吸ったことはない。遠慮の方向が間違っている。つくづく馬鹿な女だと思う。

「ちょっと兼山さんとご飯食べて帰るから、悪いけど1人で帰ってくれる?」
ようやく煙草が吸い終わると、笠奈が近づいて言ってきた。私が兼山の顔を真正面から見ると
「今後の授業のこともあるし、今回のことも、ちょっと整理したいんだよ。他の生徒の影響もあるし」
と言い訳がましく並べた。それなら私も同席すべきだと提案しようと思ったが、どうせなんだかんだ理由をつけられて拒否されるのはわかっていた。私は、ただ兼山のことを睨みつけた。二重顎の童顔、ぺったりとしたヘルメットみたいな頭。ネクタイはすでにゆるめられている。だらしなく突き出た腹、ロレックス、つま先の尖った革靴。1つずつゆっくりと眺める。不自然なくらいそのままの態勢でいたので、兼山は途中で気まずそうに何度も目を逸らしたが、私は構わず見続けた。これで兼山は確実に私と笠奈の関係を悟っただろう。笠奈はずっと下を向いていた。

家に帰ってからすぐに服を着替え、そのまま笠奈からの連絡を待っていたが、結局その日に電話が鳴ることはなかった。こちらからかけても留守電につながるだけだった。


「本当に、ごめん」
結局笠奈から連絡があったのは、翌日の夜遅くになってからだった。まず一番に謝られた。それだけでも嫌だったのに、笠奈は電話口でもわかるくらいに、激しく泣いていた。私は笠奈の身勝手な行動を責めたり、兼山との関係をもう一度問いただしたかったが、ただ泣きながら謝るだけで、話が全く進まない。今から会えないかと聞くと「できるだけ早くきて」と途切れ途切れに答え、電話は切れた。

いつもの弁当屋の駐車場についてから携帯を鳴らすと、笠奈は道の向こうから走ってきて、私の車に飛び込んできた。白いTシャツに黒のジャージを履き、足元もサンダルという格好だった。ドアを勢いよく閉めると「顔見ないで」とだけ言ってすぐに私の胸に顔を埋めた。私は気が済むまで泣かせてやろうと思い、笠奈の頭を撫でたり背中をさすったりした。すっかりお馴染みになった弁当屋の看板には、無数の蛾が集まっている。

「やっぱり君と付き合うんじゃなかった」
やがて泣き止んだ笠奈が私のシャツにしがみつきながら言った。
「なんで?」
「だって、ミキちゃんは君のことが好きだったんだよ。私が取っちゃったから、ミキちゃんは自殺しちゃったんだ。全部、私が悪い」
「そんなわけないだろ」
「ある」
「俺はミキちゃんの妹に会いたいって言ったの。でもそんなの親が許すわけないし。板挟みになってミキちゃんは死んだんだよ、だから、俺が殺した」
笠奈が勢いよく私の体から離れた。目を真っ赤にした笠奈が私を睨む。
「は? 何それ」
「だから、自閉症の妹を両親が疎んじていて、ミキちゃんはずっと苦しんでたんでしょ?」
「そんなの嘘に決まってんじゃん」
嘘? 一瞬目の前の風景が歪んだ。化粧をしていない笠奈の顔が別人に見える。
「あれは全部あの子の作り話だよ。みんなの注目を集めたくて。そういうことをする子なの」
私はミキちゃんの傷口をふさぐような泣き方を思い出した。
「ミキちゃんはそんな子じゃないよ。そんな子が、あんな泣き方をするわけがない」
「うるさい。嘘と言ったら嘘なの。馬鹿じゃないの? すっかり騙されてる。あの子はあなたが思うような立派な子じゃないよ」
「ミキちゃんは嘘をつくような子じゃない」
笠奈が私から目をそらした。
「やっぱりそうじゃん。君は、わたしよりあの子の方が好きなんだよ。私が死ねば良かったんだよ」
私は力ずくで笠奈を抱きしめようとした。笠奈は激しく抵抗したが、私が助手席側に身を乗り出し、体をつけると一気に力を抜いて、また泣き出した。
「こんな女でごめん。わたし、もうわたしじゃないみたい」
「今は仕方ないよ。今は時間が過ぎるのを待とう。そうすれば、必ずいい方に変わるから」
「あのね、わたし塾辞めるから。兼山さんにも昨日そう言ったから。信じてくれる?」
「信じるよ」
「わたしのこと、好き?」
「好きだよ」
「わたし、もうあなたのことしか愛さないから。この先も、ずっとあなたのことが好き。たとえあなたが他の人を好きになっても」
私は、かつてそうされたみたいに笠奈の頭を撫でてあげた。乱れていた髪を整えてやり、涙も拭いてあげた。それから短いキスをした。

帰りたくない、と笠奈が言い張るのでだいぶ迷ったが、ホテルに行くことにした。ロビーから部屋まで無人だったが、笠奈はずっと下を向いて私の左手にしがみついていた。部屋に入るなり笠奈はすべての照明とモニターを消してしまったので、私は手探りで笠奈の服を脱がす必要があった。笠奈はその間も私の首に手を回してキスをしてくるので、全部脱がすまでにかなりの時間がかかった。


「俺、就職しようと思う」
行為が済んだ後に順番にシャワーを浴び、冷蔵庫のビールで乾杯をした後、私はそう言った。弱い光だが、照明もつけられた。
「そんなに急がなくてもいいんじゃない?」
「まあすぐには決まらないと思うけど、就活はするよ」
「なんかスーツ姿とか想像できないな。ていうか、持ってるの?」
「成人式と、大学入学のときのがあるから」
「ふうん。どういう仕事探すの?」
「事務系かな。営業は絶対イヤだ」
「なんでもいいけど、女の人がいるところはダメだからね」
「え? 無理でしょ」
「じゃあ、就職は中止」
「無茶苦茶言うなよ。どうすんだよ、この先」
「あのさ」体の向きをこちらに向け、笠奈が改まる。
「勘違いしてるみたいだけど、わたしは君が思うより、ずっと弱い女なんだよ。君を好きになってからも、たくさん傷ついたし。だからさ、わたしのことたくさん愛して、お願いだから」

十字路(16)

「行ったんだ? デート」
髪留めを渡すとミキちゃんははしゃぎ声を上げた。教室内だったので、私は静かにするよう注意したが、ミキちゃんは全く意に返さない。「どこに行ったの?」から始まり、食事や買い物や天気に至るまでこと細かく聞かれた。観覧車ではキスしたかとまで聞かれ、うっかり正直に答えそうになった。ミキちゃんが暴走しないよう、私はできるだけ素っ気なく答えた。途中からミキちゃんは羨ましがって
「私も連れてってもらいたい」
と言いだした。もちろんそれは恋人に、ということだから私が連れて行くんじゃ意味がない。そのうちいい人できるよ、なんて言うのも古臭くて無責任すぎる。
「でもまあなにしろ遠いよ海は」
適当な言葉をつぶやいて、そろそろ授業再開と思ったところで、ミキちゃんが急に改まって
「遠いよね。海」
とつぶやいた。机に肘をついて、頭をその上に載せ気だるそうにする。何か言いたいことでもあるのかと思って、黙って次の言葉を待っていると
「うちの妹、見たことないんだよね、海」
と大人びた顔をして続けた。
「家族旅行とか行かないの?」
「行かない」ミキちゃんは一瞬口を緩めた。
「いつもそうなんだ。去年の軽井沢も、キョウちゃんだけ、おばあちゃんに預けて。キョウちゃんは病気だから、なんて言うけどそんなの嘘だ。本当は他の人にキョウちゃん見られるのが恥ずかしいんだ。お父さんは真面目な顔をして『キョウちゃんがいたらミキの行けるところも少なくなっちゃうよ』なんて言ってくるし。わたしはそれだっていいのに、そう言うと怒られた。うちのお父さんとお母さん、本当最低なんだ」
最低、の部分に力をこめてミキちゃんは言い切った。そして椅子の背もたれに寄りかかり、顎を引いてじっとしていたが、そのうちにバッグからもこもことしたミッキーマウスのハンドタオルを取り出し、それを目に当てた。嗚咽は全く聞こえない。ただ、傷口をふさぐみたいに、目頭を押さえているだけだ。

どんな言葉をかけていいのか、それとも何も言わないでおくべきなのか、あるいはこんな場面を兼山や他の講師や笠奈に見られたら厄介だなという下衆な考えが浮かび、仕方なくミキちゃんのいつもの黄色いシャーペンを眺めていた。シャーペンは角ばったデザインで、持ち手の部分は少し黒ずんでいる。クリップの銀色も薄汚れて見えるが、これは元々のデザインなのかもしれない。

「ごめんなさい。授業、始めてください」
やがてミキちゃんは、小さな声で謝った。涙声ではなかった。ハンカチをどけると、目は赤いが、泣いていたようには見えない。私は参考書を閉じて、ミキちゃんと同じように椅子にもたれかかり、目を閉じた。
「いつかさ、ミキちゃんが連れてってあげるといいよ。海でもどこでも。きっと喜ぶと思う」
「そうだね。わたしもそう思うよ。そうしてあげたら素敵だと思う。でも、わたしはあの人たちの子どもだから。いつか同じような人間になっちゃうに決まってる。それがイヤだ。怖い」
「そんなことないよ。親子だからって同じになるとは限らないよ」
「それはそうだけど。わたし、もうイヤだ。家にいたくない」
ミキちゃんは再びハンカチで目頭を押さえて、全く声を上げずに泣いている。背筋を伸ばし、余程近くに来なければ泣いているとわからない。ひょっとしたら、家でもこんな風に泣いているのかもしれない。そうなった理由を考え、私は背筋が寒くなった。

私は授業は取りやめにし、残りは雑談タイムにすると宣言した。ミキちゃんは「すっきりした」と言って、元通りになったことを何度もアピールしたが、私はそれを聞き流した。心配そうに「今日の分は全部宿題にするの?」と聞いてくるので、宿題もなしにする約束をした。申し訳無さそうにするので、私は
「もっと嬉しそうにしなさい」
と笑いながら注意した。

「ていうか、今度キョウちゃんに会いたいな」
「本当に? そしたらキョウちゃん喜ぶよ。キョウちゃんはね、絵が得意なの。一度見た景色は絶対忘れないんだよ」
目を輝かせながら、ミキちゃんが教えてくれる。
「じゃあ海とか連れて行きたいよね。海が無理なら、川とかでもいいよね。近いし。利根川でかいし」
「あ、社会科見学で行ったことある! 男子が落ちた」
「えっ? 川に?」
「まさか。用水路だよ」
ぎょっとする私の顔を見て、ミキちゃんはさも愉快そうに笑った。

別れ際、途中まで一緒に歩くことを提案したが、Mステにオレンジレンジが出るからと断られてしまった。キョウちゃんの件は、とりあえず親に話してみるとミキちゃんは言った。
「宿題は本当になし?」
「なし、ていうか、キョウちゃんのこと親に話すのが宿題」
「おっけー」
「じゃあ、来週ね」
ミキちゃんはカゴに荷物を放りながら、返事をし、自転車にまたがった。雨は降っていなかったが、歩道には所々に水たまりがあり、ミキちゃんはそれをうまく避けながら進み、やがて闇に消えた。来週には梅雨が明けると、天気予報が言っていた。



ミキちゃんが死んだのは夏休みに入ってすぐで、夏期講習のカリキュラムが組まれた直後だった。講習は理科と社会がなかったので、私は担当を外され、笠奈が3教科を見ることになった。笠奈が前期試験に追われていたため、引き継ぎは電話で簡単に済ませた。結局お台場以来、まともに会ってもいなかったので、試験が終わったら海へ行く約束をした。笠奈が新しい水着が欲しがったので、選んであげると言うと
「あのね、そういうのに普通男は来ないの。あと高校生みたいなの選ばれても困るし」
と笑われた。行き先も宿も笠奈があっという間に決めてしまった。

ミキちゃんはあれ以来キョウちゃんの話をしなかったので、私も黙っていた。想像以上に頭の固い両親なのかもしれない。海でお土産を買ってから、改めてミキちゃんと作戦を練ろうと思った。絵はがきを買って、プレゼントすれば喜ぶに違いない。私の授業の2日後に笠奈の授業があって、その週の土曜日の早朝に、ミキちゃんは自室のカーテンレールに紐をかけて首を吊った。特に遺書などはなかった。その事を兼山から電話で聞いた時、すぐに自閉症の妹の事を思い出し、それから授業中に声を出さずに泣いた場面を思い出した。妹のことが、少なくとも原因のひとつであるのは間違いないだろう。自分でもわかるくらい血の気が引いてるくせに、冷静に原因を探ろうとするのが奇妙だった。
「受験のストレスなんだろうな」
と全く見当はずれな理由をつけ納得する兼山が憐れだった。だが、私の方が彼女の本心を知っていたのだから、手を差し伸べるべき人間は私で、結局のところ自分がそれを怠ったから彼女が死んだような気がしてきた。

通夜は葬儀場の都合と、友引を挟む関係で3日後に行われるとの事だった。塾からは、兼山と笠奈と私が参列する。気分が落ち着いてから笠奈に電話をして、とりあえず当日は4時半に迎えに行くと言った。笠奈は思ったよりも冷静で「実感がない」とコメントした。

笠奈はミキちゃんの妹の件は知っていたのだろうか。付き合い出してからミキちゃんの話はしなくなったのでわからない。本当は「俺が殺したのかもしれない」と弱音を吐きたかったが「受験ノイローゼだったのかな」と適当な事を言って誤魔化した。
「ていうか、意味わかんないんだけど」
笠奈は私を責めるような口調で言った。

十字路(15)

昼の首都高は混んでいるだろうということで、車を駅前に停め、電車で現地へ行った。なんとか天気ももって割と無難なデートとなった。お望みどおりすぐに観覧車に乗り、ジョイポリスで少し遊んで、お昼はショッピングモールの角にあるイタリアンで済ませた。人混みにもいい加減うんざりしたので、午後は海岸を散歩することを提案した。建物の外へ出ると、予想より強い日差しが出ていて、私は羽織っていた長袖を脱いだ。邪魔で仕方ない。寒がりの私は、この時期に半袖オンリーで来る勇気がなかったのだ。笠奈は柄のワンピースを着ていて二の腕まで露出している。腰のところにリボンがついていて、歩く度にひらひらしている。

不意に笠奈がバッグの中をまさぐり「ちょっと待って」と声をかけてくる。中から取り出したのは、紫色で手の平におさまるくらいの容器だ。
「塗ってきてないでしょ? 君肌白いから。日焼けしちゃうよ」
そう言って右手をひねってキャップを取り、私に日焼けどめを渡す。そういえば、この日差しの中を歩いたら、帰る頃には顔と腕が真っ赤になって、下手をしたら皮も剥ける。そんなことに頓着したことはなかったが、だからと言って突き返すわけもなく、大人しくそれを腕と顔に塗る。笠奈が私のことをじっと見ているので、私は「20代はお肌の曲がり角」なんて言いながらふざけた調子でほっぺたに塗りたくるが、笠奈は特に反応しない。仕方がないので容器を返しながら「笠奈は? 塗ってあげようか?」なんて言ってみる。予想通り「家出る時に塗ってきたよ」と小馬鹿にしたような口調で返してくる。
「ていうか適当に塗りすぎでしょ(笑)ちょっと後ろ向いて」
そう言って笠奈は私の首筋と、腕の内側を丹念に塗ってくれた。全く躊躇することなく、力をこめて薬液を伸ばす。意外と几帳面な女だと思った。知り合った頃に、ミキちゃんの授業についてあれこれ聞かれたことを思い出す。

最後に「おまけ」と言って、手に余った分を私の唇に塗った。乱暴に手を押し付けられ、薬品の匂いが鼻をつく。後ろにのけぞりながら、私がやめろと言うと、笠奈は大声で笑った。笠奈の笑い声が、高層ビルを反射しながら青空へ吸い込まれた。

特に計画もなかったので、あてもなくぶらぶらと歩いた。きちんと舗装された道や、砂浜、桟橋になっているところもあった。かつて夜中に来たところも、雰囲気は全然違ったが、すぐにわかった。二階堂が休んでいたベンチや、笠奈がもたれかかって電話をしていた街灯もそのままだった。あの時は気づかなかったが街灯は、エメラルドグリーンの塗装が所々ひび割れ、剥がれている箇所もあった。笠奈もすぐに気づいて「懐かしいね」と言った。確かに懐かしい。

おそらくあの時笠奈が電話していたのは、兼山だったのだろう。打ち上げが終わっても、一向に電話を寄越さない笠奈に業を煮やした兼山がかけてきたのだ。二階堂が休んでいたベンチに腰を下ろしたかったが、笠奈は「またみんなで来たいね」と言った切り、すたすたと歩いて行ってしまった。笠奈の方も兼山と電話をしていた事を思い出したに違いない。おそらく。

日が傾き、手すりにもたれて海や船やジョギングする外国人を眺めながら、ふとミキちゃんに何かを買って行ってやろうと思った。笠奈に提案し、海から離れて再びショッピングモールへ戻った。屋根付きのモールに入ってしまうと昼なのか夜なのかわからなくなるが、確実に足は重くなり、午前中に歩いた時よりも地面が硬く感じる。

はっきり言って、中学生の女の子が何をもらって喜ぶのか見当もつかないので、笠奈の意見を参考にしたかった。笠奈は「なんでも喜ぶと思うよ」と言ってあまり干渉せず、しまいには自分の服を見出した。仕方がないので私は目についた雑貨屋で、店先に並べられた髪留めのひとつを買った。笠奈のところに戻って髪留めを見せると
「いいんじゃない」
と言ってすぐに私に返し、再びハンガーの間に手を突っ込み始めた。店内にはロックミュージックがかかっていてうるさかった。私は気を取り直して笠奈にチェック柄のミニスカートを勧めたが、
「あのね、そんな高校生が履くようなの持ってこないでよ」
とあきれられた。店内が騒々しいので自然と声も大きくなり、怒られているようだった。結局笠奈は何も買わなかった。

夕食は地元へ帰ってきてから済ませ、それから居酒屋に行って酒を飲んだ。ようやく普段通りに戻った感じがして、私たちは夢中でお喋りした。お台場の大砲の話をすると、
「何回目? どんだけペリーが好きなの?」
と笑われた。
新撰組も好きだよ」
「どんだけ過去が好きなの? だからうじうじしちゃうんだよ。もっと未来を見なきゃ」
「こういうのって『歴史』て言うんだよ? 笠奈先生英語オンリーだから知らないかもだけど」
「知ってます! ちゃんと教えてますから」
大化の改新は何年?」
蘇我氏が死んだ!」
「いや、大雑把すぎるだろ」
すっかり気分の良くなった私は、当然のようにその後ホテルに行くことを期待した。エンジンをかけながら「いく?」と聞くが「生理になっちゃった」と断られた。ショッピングモールでなったのだろうか。体のことなんだから仕方ないと自分に言い聞かせたが、1日の疲れが一気に出て、運転席に沈み込みそうになる。
「じゃあ帰る?」
「そうだね」
「楽しかった?」
「楽しかったよ!」
笠奈は無邪気に答えるが、声には疲れが混ざっている。

弁当屋の駐車場についても笠奈はなかなか降りようとせず、このパターン何回目だよと思っていると、目を瞑るように指示された。なんとなくその後の展開を予想しながらそれに従うと、笠奈の唇が私のに触れた。化粧と酒の匂いがする。笠奈は自分の体を支えるために、私の太ももに手を置いている。私はそこに自分の手を重ね、握りしめた。それは割と長い時間続いた。

唇が離れると、笠奈は私の頭を撫で始めた。目を開けると、笠奈の顔がすぐそばにあった。私の目を見ながら「ごめんね」と言った。どうして謝るのか尋ねると「だって悲壮感満載なんだもん」と笑った。
「疲れただけだよ」と私は強がった。
「どうしてさ」笠奈が私の肩に手を置いて尋ねる。声が、ゆっくりとささやくようなものに変わっている。
「観覧車の中でキスしてくれなかったの? わたし、待ってたのに」
私が散々迷った場面だった。
「ごめん、いっぱいいっぱいだった」
「じゃあ今して」
笠奈の体に手をまわし、改めて唇を重ねた。離れると、笠奈の方が重ねてくる。笠奈は目を瞑りながら、私の耳や背中や胸を触った。私もそれを真似して笠奈の体中を触る。服の中に手を入れる。ときどき笠奈がくすぐったそうに体をよじるが、声は出さない。

「次はちゃんと行こうね」
そう言って笠奈は車を降りた。私は車の窓を開け、遠回りをして帰ることにした。

十字路(14)

笠奈が兼山と別れるのは、かかってもせいぜい1~2週間くらいのものと思っていた。笠奈の気持ちは確認できているし、本人にプレッシャーをかけても仕方がないので、こちらからの連絡は控えるようにした。

しかし電話は一向に鳴る気配がなく、ついに1ヶ月が過ぎそうになっていた。私の頭は、マイナス方向の妄想で破裂しそうだった。もしかしたら兼山に泣きつかれて笠奈の情が移ってしまったのかもしれない。そう考えるともう居ても立ってもいられなくなって、着信履歴から笠奈の番号を呼び出しそうになるが、完全な推測である事に気付き、思いとどまる。というのを毎日のように繰り返す。

冷静になって現時点で確実に言える事のみを残していくと、結局笠奈の気持ちが私か兼山のどちらに傾くかについては、笠奈の個人的な問題であり、私は一切介在できないということだった。つまり私が電話して「君を愛してる」と言っても言わなくても、笠奈が兼山を愛していれば、もうどうしようもないのだ。例えその時笠奈が「私も愛してる」と言っても、いずれは離れて行く。となれば私がここまで何もせずに指をくわえて待っているのは、間抜けかもしれないが、間違ってはいない。笠奈の「待ってて」という言葉を忠実に守っているだけだ。私は笠奈を信頼している。信頼している、というのは笠奈が信頼に値するかどうかよりも、私自身の気持ちがどこまで純粋になれるの問題なのだ。

色んなことが少しずつ変わっていった。笠奈はもう私がミキちゃんを見送る場面に、顔を出して来ない。まともな会話どころか、たまに姿を見かけるくらいになった。笠奈は白とピンクの中間の春用のコートを身につけているが、首元まで隠れていてよそよそしく感じる。私のテンションで察したのか、ミキちゃんも笠奈の名前を出さないようになった。私は何度も、笠奈に振られてしまった事をミキちゃんに報告しようかと思った。笠奈が返事をくれない苦悩を、素直に打ち明けようかとも思ったが、なんだか卑怯な気がしてやめた。ミキちゃんが笠奈の名前を出さなくなったのは、笠奈の方がミキちゃんに何かを知らせたからという可能性もある。だとしたら私が何かを漏らせば、ミキちゃんは板挟みになってしまう。

1ヶ月が経ったところで笠奈に電話をかけた。いい加減時間切れだし、私の方も振られる覚悟ができていた。笠奈の中ではもうとっくに終わった事になっているのかもしれない。「言ってなかったっけ?」とあっけらかんと言うかもしれない。ひどい女だがむしろその方が気持ちも晴れ晴れする。

「電話できなくて、ごめんなさい」
予想に反して笠奈はまず私に、謝罪の言葉をかけた。そして「付き合おうよ」と一気に話が進んでしまった。拍子抜けだ。ここまで間が空いたが理由も兼山も全部すっ飛ばされた。確かに笠奈はそういう女だが、やはり確認すべき所は聞きたい。
「兼山は?」
「もういいんだ、別に」
答えになっていない。私はそれはつまりどういう事?と聞きたいが、笠奈の言葉には、何か反論を許さない雰囲気があった。声は明らかに疲れている。笠奈は私が電話をして声を聞かせて、初めて私の存在を思い出したんじゃないかという気がした。
「ごめんね。君が納得してないのはわかるよ。なんか色々あって、ちょっと今、混乱してるんだ。もっと早く電話したかったけど、うまく言える自信がなくて。だけど、君の事好きなのは嘘じゃないよ。久しぶりに声聞けて、なんかほっとして涙出そうだし。こんな女だけど、よろしくお願いします」
私が黙っていると、笠奈は一気にそう言った。何か言い訳がましかったが、確かに涙声だった。私はもう別に嘘でもなんでもいいやという気になっていた。笠奈が本当は私の事をどう思っているかは、いずれわかる事だ。
電話を切る直前になって笠奈は「これからは塾の中ではあまり会話をしないようにしよう。兼山は私と君が付き合う事は知らないけど、塾の男をみんな疑ってるから」と注意した。その言葉が1番リアルで、私はその時になってようやくこの女と付き合うんだという実感が湧いた。


以前からそうだったが、笠奈は熱心にメールや電話をする女ではなかった。兼山に気づかれないようにと、塾でも声を交わすことはない。だが、これまではミキちゃんのことなどを普通に会話していたのに、これではかえって訳ありっぽくて怪しくないだろうか。そう思い声をかけてみると、きつく睨まれてしまった。

私と笠奈は付き合う前よりも疎遠になり、私はかつての気軽に声をかけあって居酒屋へ行っていた頃が、恋しくなった。飲みに誘うのなんて、別に難しい事ではないし、一応正式には付き合ってる関係なんだから、そのハードルは本来ならもっと下がるのが当然だ。なのにどういうわけか、笠奈の都合とか感情とか、そういうことを考えてしまって二の足を踏んでしまう。距離が縮まると相手のことが見え過ぎて、かえって気を遣い過ぎてしまうのかもしれない。笠奈は教職を取っていて、毎日レポートやら宿題に追われている。電話で話すと、今週締め切りの提出物が3つあるなんて言ってる時もある。私が大学へ行ってた頃とはまるで違う。私の頃はもっとのんびりしていて、日に必ずどこかの授業はサボったし、登録した単位の半分もとれない年もあった

ようやく2人で出掛けようという話になったのは、付き合い始めて1ヶ月が経った頃だった。いつのまにか梅雨に入り、デート日和には程遠い天気の日が続いていた。それでも笠奈からどこに行く? と聞かれると「お台場がいい」と即答した。笠奈の反応は微妙だったが「観覧車乗ったら楽しいかもね」と徐々にテンションが上がってきた。笠奈は以前夜中にドライブした時に、昼のお台場に行こうと言ったことなんかとっくに忘れているのだ。もちろんそのことを指摘すればすぐに思い出すだろうが、私は特に触れなかった。

十字路(13)

「もう出ようか」
そう切り出したのは笠奈の方で、その時はお互い無言のまま10分は過ぎていた。途中で笠奈がトイレに立ったところでビールに口をつけたが、すっかりぬるくなっていた。店内にはジャズが小さな音で流れている。そこは以前笠奈に催眠術をかけられた店だった。あれからまだ半年も経っていないのに、何年も前の出来事に感じる。

笠奈と兼山の関係については今までも何度か疑っていたから、今更聞いても意外な感じはなかった。しかしショックではある。私は兼山に抱かれる笠奈の姿を想像した。それは現実にあった出来事だった。私がミキちゃんの授業を見ることも、彼らがベッドの中で決めたのかもしれない。

車で来ていたので、帰りは弁当屋の駐車場まで笠奈を送った。ドアを閉めたり鍵を回してエンジンをかける音が、いつもより車内によく響いた。とっくに営業を終えた弁当屋は、当然ながら照明が消え、街灯が店の屋根を照らしている。屋根と言っても看板を兼ねた布製のテントで、春風に吹かれはたはたと揺れている。酔いも完全に覚めた。

私は「それじゃあ」と声をかけたが、笠奈はいつになっても車を降りようとしない。私は振られた男の権利として、黙って椅子にもたれているのに、ちっとも察しようとしない。ここまで空気を読まない女だっただろうか? 

私は改めて「じゃあね」と声をかけた。若干語尾を強め、苛立ちを伝えてみた。笠奈は「うん」と返事はしたが、微動だにしない。目線はカーステレオのあたりに固定されている。青い液晶には、現在時刻が表示されている。10時25分。

「私さ、最低だよね」
笠奈が前を見たままつぶやいた。そんなことないよ、とでも答えればいいのだろうか。私は笠奈を混乱させ、傷つけてしまったのだろうか。だからと言って私はやはり笠奈に同情する気にはなれない。今更不倫の言い訳なんか聞きたくもない。笠奈が最低なのは疑いようがない。「最低」と宣言することが最低だ。
「兼山のことが、好きなんでしょ?」
「うーん。好きじゃないと、思う」
「じゃあ、なんで付き合ってんの?」
「なんかさ、ベンツに乗ってみたかったんだよね」
何の冗談かと思ったが、笠奈の表情は笑っていない。兼山のベンツの銀色が頭の中で光を放つ。いつも塾の隣の月極駐車場に停められている。駐車場は地面は砂利で、走り出す度に砂埃が立つ。車の助手席には頭のおかしなな女が乗っていて、シートの座り心地や内装の高級感、後部座席に備え付けられた救急箱なんかにため息をついている。やってらんないよ。
「お前さ、頭おかしいんじゃねーの」
思い切り憎しみを込めたつもりなのに、何故か語尾で笑ってしまった。あまりにくだらな過ぎるのがいけないのだ。
「だって、乗りたかったんだからしかたないじゃん」
「だったらディーラーでもなんでも行けばいいじゃんかよ」
「やだよ。行ったって場違いなだけだもん」
「じゃあ『乗せてください』って頼むとかさ」
「そうしたら食事とか誘われちゃったんでしょ?」
「断るとかできるでしょ? なんなの? 本当意味不明」
「食事くらいいいかなって思うじゃない? しょうがないじゃん」
「どんだけ無防備なんだよ、もういいよ、さっきの告白は取り消し、もう忘れて」
取り消し、忘れて、と言いながら私はうっかり泣きそうになった。私は笠奈のことがどうしようもなく好きだった。笠奈じゃなきゃダメなのだ。笠奈といるときがいちばん楽しい。軽はずみな言動や妙に上から目線なところも、すべて愛おしい。私は笠奈のことをすべて受け入れ、すべてを理解したいと思った。だからたとえ不倫をしようが、最終的には許したいと思ってしまう。

「喉乾いた。アイス食べたい」
掛け合いが一段落したところで、笠奈が言い出した。私はアイスなんて全く食べたくなかったが、そこから5分くらい車を走らせてセブンイレブンへ行き、笠奈が食べている姿を黙って眺めるのも馬鹿馬鹿しいので自分の分も購入し、結局笠奈の分まで払ってしまった。ハーゲンダッツの、それもクリスピーの高いやつだった。笠奈は店員の前なのに大はしゃぎで私に礼を言い、そういえばさっきまで酒を飲んでいて、この女は酔っているんだと思った。目の前の店員は、私たちの事を恋人同士だと思って見ているに違いない。

「あのさ、ちょっとだけ待ってもらっていい? ちゃんとはっきりさせてから、返事するから」
アイスを食べ終わったところで、笠奈が言った。先に食べ終わった私は、駐車場の車止めに腰掛けていたので、自然と笠奈を見上げる体勢になった。笠奈は私の肩に手をかけ、照れくさそうにしていた。
「わかった。待つよ」
「ありがとう。あと、告白してくれて、ありがとう」


3日後の夜中に笠奈から電話があり、私も君の事好きみたいと言われた。とりあえず布団を蹴飛ばしてベッドから降りた私は、電灯の紐を引っ張って明かりをつけ、その紐にしがみついたままかろうじて返事をした。笠奈はそんな私に構う事なく、とりあえず兼山さんと別れるから、そうしたら付き合ってほしいと言われた。笠奈の声は、落ち着き払っていて、そのせいで保険の手続きの説明でも受けているようだった。私はかすれた声で「わかった」と答えた。寝起きだったからそんな声になったのだが、完全に覚醒していてもまともな声が出せたかはわからなかった。
「寝てた?」
最後になって笠奈はようやく聞いてきた。改めて時計を見ると、3時10分前だった。
「寝てたろ、どう考えても」
「ごめんね、でも、すぐ伝えたかったから」
こんな時間になった理由についてあれこれ考えが浮かんだが、深くは考えないでおくことにした。


とりあえずミキちゃんには報告しておこうと、4月の最初の授業で話をした。笠奈が文系科目へ復帰し、ミキちゃんは既に笠奈の授業を一度受けている。私は引き続き理系科目を受け持つことになった。兼山の部分だけは”今の彼氏”と置き換えて、あとはほぼ起こったことをそのまま伝えた。兼山と笠奈の関係をミキちゃんに伝えるのは、兼山だけでなく、笠奈にとっても致命的だ。

「やったじゃん」
ミキちゃんはいつもの黄色いシャーペンを握りしめながら大喜びしてくれた。この、思い切りタメ口な感じが我が事のように感じてくれてるみたいで、私の心も弾む。
「まあ彼氏とうまく別れられたらだけどね」
「そんなの関係ないよ」
「確かに関係ないけど」
「いいないいな。あと、ハーゲンダッツもいいなー」
休憩が一瞬で終わり、私は図形問題のレクチャーを始めるが、少しでも言い淀むとすぐに「今笠奈先生のこと考えてたでしょ?」とからかわれる。そんなわけねーだろ、と否定はするが、そんな風にムキに否定するとますます怪しいよな、と私の方が思ってしまう。私は浮かれているのかもしれない。結局ミキちゃんにからかわれてまともな授業ができず、私は宿題の量をいつもより増やして仕返しをしてやることにした。当然ミキちゃんは泣き顔を見せるが「だってミキちゃんの成績下がったら笠奈に怒られるし」と言うと渋々納得した。

玄関に出た所で兼山の「さようなら!」が聞こえたが、私は振り向きもせずにすぐにドアを開け、ミキちゃんを外に出した。悪い大人を目にさせてはいけない。表に出ると、隣の薬品工場の桜が満開になっていた。そこを笠奈と歩いたら気分がいいだろうと思った。それは今なら簡単に叶うことだった。笠奈の姿はない。アメリカに行く前は笠奈と2人でミキちゃんの送り出しをやっていたのに、今日は出てくる気配もなかった。単に忘れているだけか。ミキちゃんも全く気にする様子もなく、しきりに笠奈とのデートはどこへ行くべきかについて私に提案してくる。ディズニーランドとか。ミキちゃんには桜の存在も目に入っていないようだ。

ミキちゃんのテンションが下がりそうもないので、私は帰り道を途中まで送ることにした。家までは歩いて30分以上かかると言うので、途中ののコンビニまでということにした。そこまでミキちゃんは自転車を押して帰る。

私の予想通り、夜桜の下を歩くのは気分が良かった。ミキちゃんには悪いが、ここを笠奈と冗談を言い合いながら歩けばもっと楽しいだろうと思った。話に夢中になるミキちゃんは、桜について全く触れない。やはり、まだまだ若いというか幼いと思ってしまう。グレーのコートは少しサイズが大きく、また季節ともミスマッチだ。

「ていうか、そっちはどうなんだよ?デートとかどこ行くの?」
すっかり調子づいた私は、会話の合間を狙って聞いてみた。私絡みの話はいい加減飽きてきたところだ。
「あー、別れちゃったよ、けっこう前だけど」
ミキちゃんは前を見たまま答えた。「けっこう前」のせいか、気まずそうな感じはない。
「まじで? いつ?」
「だから、けっこう前。三学期始まってすぐ」
「なんでまた」
ミキちゃんが吹き出す。
「ていうか先生テンション下がり過ぎ。ほら笠奈先生の顔思い浮かべて」
そのうちに予定のコンビニに到着し、私はミキちゃんにホットミルクティーを買う。ミキちゃんは外のポストの前で待っている。ハーゲンダッツを買おうとしたら「寒い」と断られてしまった。
「妹の話したんだ、その人に」
ミルクティーを渡すとミキちゃんは話し出した。
「そしたら嫌な顔されちゃって。なんか一気に冷めちゃって。家に帰って『別れて』てメールした」
ミキちゃんは笑い話をするみたいに言った。当然ながら私の頭は一気に沸騰し、そんな男別れて大正解とか最低すぎるだろそいつとか、そういう男ばかりじゃないから気にしないでとか、そういうセリフが同時進行でポコポコ出てくる。私をもう2~3人増やして一気にまくし立てたい気分になる。

だが、ミキちゃんはそうなることはわかっていて、だからぎりぎりになって切り出したのだ。すぐに「それじゃあ先生、また来週もお願いします。紅茶もごちそうさまです」と頭を下げた。大げさ過ぎる頭の下げ方に、さすがの私もなんとなく察して、うん、気をつけて、と手を上げた。
「先生と桜の下でお散歩デートしたこと、笠奈先生に言ったら怒られちゃうかな? 今日のことは黙っていようね」
去り際にそんな事を言ったミキちゃんはいつもの感じで、私も「何言ってんだよ」とすぐに返したが、既にミキちゃんは自転車を漕ぎ出していて、私の言葉は届かなかった。

大きな風が吹いて桜の花びらが何枚か散った。